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悲しみと憎しみの町・ブエノスアイレス [旅行:南米の旅]

 Buenos Airiesとは、Good Airのこと。現在1000万人を有する南米屈指の大都市も、当時の入植者の前には、ラプラタ川を背にする広大なパンパ平原にすぎず、爽やかな空気を運んできたことでしょう。 

 欧州と南米アルゼンチンとの関係は16世紀に始まる。このパンパの平原が広がる広大な田舎に入植してきたのは大航海時代を迎えたスペイン[晴れ]だった。しかし、当初は、原住民の抵抗によりあえなく失敗[がく~(落胆した顔)]。その後は、ペルー副王領を中心に、内陸方面からの開発がなされていく。

 ブラジル方面からのポルトガルの侵略を阻止するため、ペルー副王領から分離されたリオデ・ラ・プラタ副王領。その首都として開港されたブエノスアイレスが、その後の南米のパリ[バー]の起源となる。

 

[カメラ] サン=マルティン広場(BAの玄関口に当たる立派な広場)

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 ナポレオン[演劇]台頭は、敵対する英国にスペイン領攻撃の口実を与え、英国軍がこのラ・プラタ副王領を攻撃。市民ポルテーニョ達は、統治者の副王の逃亡[ダッシュ(走り出すさま)]にもかかわらず、この街を守り抜く[パンチ]。これを機に、スペイン圧制から脱却し、5月革命を興す。

 故国アルゼンチンの独立のために欧州より舞い戻った南米の英雄サン=マルティン[雷]。職業軍人に徹する、寡黙でまじめな性格は、陽気なシモン・ボリバルと並び南米の解放者として賞賛[ぴかぴか(新しい)]される。

 

[カメラ] Plaza de Mayo (5月広場)

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 その後のアルゼンチンは断続的に内戦粛清不幸な歴史[小雨]を経験することになる。独立後の国内統一まで、連邦派と統一派に分かれて内戦[どんっ(衝撃)]。欧州至上主義者による黒人や土着民の弾圧[パンチ]。戦後のペロン大統領登場後は、政権が交代する度に一般市民を巻き込んで政敵が抑圧[むかっ(怒り)]される。特に、76年の軍事政権は徹底した粛清。市民約3万人が行方不明になったとさる事件は汚い戦争[足]Dirty Warとされる。

 77年、5月革命広場には、行方不明になった子を持つ母が集い、軍政府に真相究明の直訴[パンチ]を行う。以来、毎週木曜日に、今も母たちは集う[モータースポーツ]

 

 [カメラ] 港地区Puetro Madero付近

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 共和国として国内統一が達成された時代は比較的政治も安定し、欧州主義の自由主義知識人の政権によって、農牧業を中心のモノカルチャー[リゾート]による奇跡の繁栄[右斜め上]を得る。人手の要る農作業に、スペインやイタリアなど、ヨーロッパからの大量の移民[バス]を迎え、ブエノスアイレスは急拡大[右斜め上]する。アルゼンチンでのナポリ訛りのスペイン語が美しいいわれる所以である。

 しかしながら、この繁栄の富は、大土地所有者など一部の階層に限られていたようである。おそらく、農閑期にパリなどに[バー]豪遊[るんるん]する特権階級、それに憧れと反発を抱いた、依然として貧しい多数の移民がいたものと考える。タンゴ[人影]は、そんなイタリア移民街から生まれたダンス音楽である。

 世界大戦にて中立国として農産物供給によって得た膨大な外貨[有料]は、ペロン政権によって使い尽くされ[もうやだ~(悲しい顔)]ブラジル型官僚経済を目指す軍事政権も経済政策の失敗の後、フォークランド紛争の敗戦により権威は地に落ち、対外債務のみを残して退陣する。特に89年は年率5000%のインフレを経験。毎日値上げされる商品物価に給与が追いつかず、苦しい生活を余儀なくされたと推測する。

 冷戦後は、固定相場制(1ドル=1ペソ)を設定し、外資を呼び込むことに成功し、経済自由化を実行するアルゼンチンは規範の国とも言われた。しかしながら、99年のブラジルの通貨引き下げによって、アルゼンチンの輸出競争力にかげりが見えると、またたくまに資本が流出し、国内は不況に陥ることになる。

 2001年、対外債務の金利支払いの外貨も底がつき、IMFの融資を頼る。しかしながら、更なる財政支出きりつめを条件とするIMFと米財務省。財政カットは不況と失業を誘発するとされ、最終的には、史上最大の債務不履行(20兆円)を宣言し、変動相場制に移行する。

IMFと米国に見捨てられた国静かな怒りは収まらない。


 

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南米に造られた白人の人工の島ブエノスアイレス。その歴史は、農作物の搾取と経済自由化による国内工業の切り売りにより、国家経済の破綻に至る。

しかしながら、南米の不幸な歴史もタンゴに昇華され、アルゼンチーナの律儀で親切な人柄を変えるには至らない。

人工の白く輝くオベリスクを、不思議と何度も見上げてしまう。


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Tulips after rain [花の欧州]

[かわいい] Apricot Sunset 

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雨上がりのチューリップもおつなもの。 雨でもキューケンホフ公園は開いています。

[かわいい] Couleur Caedinal 

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[雨]で洗い流されるほうが、生き生きしているかもしれません。 

[かわいい] La Courtine

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公園入り口付近にて。立派なオランダ・オレンジです。

[かわいい] Ice Follies

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紅白の色合いも可憐。


 

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[ハートたち(複数ハート)]Red Love & White Love[ハートたち(複数ハート)]

まだまだ蕾ですが、ほっそりと蕾の先に赤と白が見えています。この春一番の注目です。

4月上旬の花模様です。


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Buenos Airies [旅行:南米の旅]

[カメラ] Oberisk in Ave 9 de June

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  南米のパリ、24時間眠らない町ブエノスアイレス

 南米でも特異なこの都市を持つアルゼンチンは、世界大戦を中立国とし、巨額の外貨[有料]を獲得する。当時、フランスと並ぶ世界第5位の富裕国となる。一方、民政と軍政に翻弄される、中流国では珍しいほどの政情不安な国IMFと米国から見捨てられて、2001年には債務不履行により破産国家となる。

  良質のワイン[バー]と自然味豊かなステーキ。悲しげな憂いと情熱のタンゴ[人影]。庶民から愛され続けるエヴィータ[黒ハート]。それに、驚くほどやさしいたち。港町の人を表すポルテーニョは、そのブエノスアイレス人の愛称。

 Ave 9 de June(6月9日通り)にあるオベリスクは、アルゼンチン独立宣言の記念碑。世界一広い中心通りにある、その白い巨塔は、南米に突き刺ささる人工のくびきのようにも見えます。


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 Show at Cafe Tortoni

 南米初の訪問のこの街は、刺激的で、興味深く、多くの謎と憧れを残す、訪れる価値ある都市です。南米の従属と独立の歴史とタンゴは、まだまだ私を魅了[揺れるハート]し続けます。


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